金属醵出を逃れた?「二宮尊徳銅像―佐喜浜小学校もう一つの歴史遺産―
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太平洋戦争末期、日本は金属が不足し、当時の軍政府は、ありとあらゆる所から金属を集めたことは、歴史上周知の事実です。
そんな中、学校にある銅像類も例外ではありませんでした。
現在、戦前の金属製二宮銅像は、ほとんどないと思われます。しかし、本校には、銅製の二宮尊徳の銅像が残っています。佐喜浜では、醵出して溶かすのは忍びないと台座から外し、隠したという話が残っています。確かな記録もなく、詳細は不明ですが、エミリーちゃんの出来事や反骨気質の佐喜浜人であれば、それも当然行われたと見るべきでしょう。また、現在の銅像の台座を見てみると、その事実を覗える接合部分が見られます。この銅像も、エミリーちゃん同様、我が校の歴史・平和教育に役だっています。


