捕鯨関係
鯨とり
室戸は津呂組と、浮津組の二つの鯨組があり、江戸時代のはじめから明治の終わり頃まで網と銛で鯨を捕っていました。鯨船には勢子船、網船、もっそう船があり全部で30そうの船で漁師達が力を合わせて鯨を捕りました。鯨網に追い込んで何本もの銛を打って弱らせ、船にくくりつけてから剣でとどめをさしました。
1907年(明治40)年頃より汽船で鯨を追いかけて銃でうってとるようにかわってから、鯨はしだいに室戸の沖に来なくなりました。室戸の漁師達は、その後遠く南氷洋まで鯨を捕りに行くようになりました。しかし1988年IWC(国際捕鯨委員会)が鯨を捕ることを禁止したことで、室戸捕鯨の歴史は終わりとなりました。
鯨を網代に追い込んだり、銛を投げて仕留める軽快な船であった鯨の動きに即応する必要上、快速、かつ回転の自由さが要求されるから船首も鋭く胴長である。勢子船のうち一番船または沖配船といい、船体を白く塗っていた。捕鯨の総指揮者が乗っていた。赤船は同様、赤色に塗り副指揮者となる者が乗る。その他の勢子船は外板に鯨油に顔料を溶かした塗料でそれぞれに乱れ菊、水仙に八橋、菱鶴に半菊というような模様が描かれ、船に応じた役目を持っていた。(室戸市史 下巻)
捕鯨砲
突き取り式捕鯨法
![]() |
| 突き取り式捕鯨法 |
|---|
鯨組
クジラの進化
今から、約4億5000年前、古生代という時代に海で暮らしていた生物が長い年月を経て、両性類、ハ虫類と進化していき陸上へと進出していきました。そして中生代中期から後期の間に原始的な哺乳類が現れました。
今から約5000万年ほど前、テーチス海の水辺で暮らしていた陸上哺乳類メソニックス類からクジラは進化したと考えられています。そして海で暮らすようになったクジラの祖先は進化を続けていく中で前足はひれとなり、後ろ足は見えなくなっていき、また尾部は尾びれとなり体は海で生活しやすいように流線型に変化していき、そして現在のクジラへ進化していきました。














