大敷網(定置網)の歴史
大敷網の全身(大魚網)
1791年(寛政3年)ごろから、始まった漁法で大魚(ブリ)をとるための底刺し網で甲浦から足摺崎までの沿岸に70ほどあった。
しかし当時、室戸近辺にあったのは三津に一張あるのみであったが1841年には6張にふえており1847年(弘化4年)には、佐喜浜8張、椎名3張、三津浦6張、羽根浦2張などが記録として残っている。
大敷網の出現と椎名の多田嘉七氏
大敷網という名称がでてくるのは明治41年(1908年)県水産会が実施した調査の報告書である。
室戸周辺で最初にシビ(マグロ)大敷網を敷いたのは津呂捕鯨会社に勤めていた椎名の多田嘉七である。明治28年(1895年)頃、幡多の窪津に出張していた彼は、シビ大敷網のことを知り、これを日沖の沖15ヒロの海底に敷いた。椎名の好漁を見た各地の業者がこの方式を取り入れていったのである。

