室戸の漁港
漁港の改修
佐喜浜、津呂、室津三港は陸地に掘り込んだ港として藩政初期に築港され、漁業のみでなく商港としての利用価値も高かった。
その後、大地震による港底の隆起や巨浪による護岸の損壊(津呂、室津)、土砂の堆積(佐喜浜)により幾度か改修の手が加えられたが、港口部の岩石除去と築堤あるいは港の拡張など大きな工事は行われずほぼ築港当初の原形のまま明治の新時代を迎えた。
室戸岬周辺の沿岸は魚群の接岸も多く、好漁場として県内外の漁船の入港が多くなり、また明治から大正にかけては帆船、機帆船が運輸の主要な手段であったので、それらの船の出入りも多くなって、港は輻輳をきわめるようになった。その他の沿岸諸集落は港らしいものはなく、岩礁の狭間に小舟の出入りできる地形を見立てて船溜りや船曳場をつくって利用していた。
こうしたことから、築港や改修が漁業と漁村振興の大きな課題となり、明治末ごろから次第に港が整備された。
(室戸市史 下巻より)






























